奉仕活動

書籍寄贈のためカンボジアを訪問               2014年1月15日~18日


カンボジア書籍文具寄贈プロジェクト・・・現地視察旅行記録

国際奉仕委員会
委員長 金澤 洋

 1月15日(水)

現地時間17:30、われわれの乗ったベトナム航空VN311便はカンボジアシェムリアップ国際空港に無事到着した。天気は快晴、夕陽が美しい。思ったより涼しく快適だ。
当クラブとしての当地訪問は、2009年以来の3度目。今回一行は内海会長以下6名。現地窓口のJST(NGO:アンコール遺跡の保存と周辺地域の持続的発展のための人材養成支援機構)代表チア・ノルさんが出迎えてくれて、ワンボックスカーでホテルまで移動。道路は立派で比較的交通量も多い。バイクの二人乗り、三人乗りは当たりまえ。後部座席に両手に子供を抱えて乗っているお母さんもいる。20分程でシェムリアップ中心部のホテルSomadevi Angkorに到着した。

冷たいオシボリとウェルカムドリンクで一服後、JST直営のCaf? Moi Moi(カフェ・モイモイ)」で夕食。チアさんの奥様でJSTのNo.2小出陽子さんの出迎えを受ける。市内からちょっとだけ外れた所にあるが、広い庭に木立、池もあって雰囲気のあるレストランだ。早速、こちらの地ビール「アンコールビール」で乾杯、モイモイ特製のカンボジア料理を楽しむ。モイ(Moi)とはクメール語の“1”で、モイモイとなるとゆっくりゆっくりという意味になるとのこと。帰りには、4日間お世話になるドライバーさんにホテルまで送ってもらい、皆早めに部屋に戻り就寝。



 1月16日(木)

16,17日の午前中、アンコール村の小学校10校、延べ3400名の子供たちに文具・書籍等を配布するのが今回のわれわれの“仕事”である。 朝8時にロビー集合。チアさんの案内でマイクロバスで小学校を次々と回る。小学校はアンコール遺跡群の西・北に広く点在、途中までは舗装道路だったが、間もなく凸凹の田舎道がえんえんと続く。揺れがかなり激しい。車とすれ違うと砂ぼこりがすごく、一瞬前が見えなくなる。

途中チアさんからカンボジア国について説明を受ける。 気候は温暖、あまり高い山がない。地震・火山がなく安心して暮らせる。しかし、都市部以外は貧しく、アンコールも北部になると電気も水道もない。人々はせいぜい車用のバッテリーで明かりをともす程度。従って至って早寝早起きだそうだ。。 家は高床式がほとんど。地震がないので柱が細く、壁はレンガ。これは、洪水対策のほか、昼間は1階(床下)で涼をとり、夜は2階に蚊帳を張って寝るとのこと。屋根は、お金がある人は瓦屋根、次はトタン屋根、貧しい人達は大きな葉っぱの屋根。生活面では格差も大きく、交通手段も車は中・上流階級のみ。バイクも一部の人で、あとはあっても自転車。 走ること約い時間、9時過ぎに最初の小学校に到着。 今回各校に配るのは、生徒たちにノート1冊とボールペン1本。それに各校の図書室にガラス張りの本箱と書籍数10冊。これは相当な分量で、別の中型トラックが1台専門に運搬している。各校とも連絡が入れてあるので、到着すると生徒たちが走り出てくる。授業中のところもあったが、当番の生徒が半鐘の様なものを鳴らして合図する所も。生徒たちは先生の指示で校庭に整列する。われわれは手分けしてノートとペンを抱えて列の間に割って入り、子供たち一人ひとりに「こんにちは」、「はい、どうぞ」、「はい、お待たせ」などと日本語で声をかけながら配っていく。子供たちはもちろん言葉は分らないのだが、皆必ず顔の前で手を合せ、ていねいに頭を下げる。子供たちの目の輝きが美しく、可愛い。われわれも感動の連続だ。

以下訪問順に記載する。
①ワット・スラッロムチェイ小学校;9:10到着
(生徒数110名)
 岐阜のライオンズクラブの寄付による校舎、女性の校長先生。みんな時々雑炊の炊き出しに来てくれるチアさんをよく知っている。 この地域には、日本のあるランドセルメーカーから新品1,000個の寄贈があり、この一帯の子供たちに配られた。先生の中にもランドセルの愛用者がいるというから面白い。


②ボス・タータラウ小学校;9:30到着
(生徒数227名)
 子供たちの数が一気に増える。子供たちは水道を使ったことがない。学校は高校までは無料とのこと。ただし、教科書など教材は自己負担。貧しくてこれ買えないと子供たちはだんだん学校に来なくなる。



③タータラウ小学校;9:50到着
(生徒数355名)
 校庭に野菜の畑がある。ここにはかなり立派な給水塔がある。 静かなので人数が少ないのかと思いきや、教室から出るわ出るわでラッシュ時のように子供が走り出て来て校庭に整列。ここでは学校側の希望数字に誤りがあったのか、ノート、ペンが足りなくなる。



④レアンダイ小学校;10:25到着
(生徒数231名)
 生徒は白いシャツと紺色のズボンとスカートを着用。足はサンダルがほとんど。シャツの汚れが目立つが、洗剤を買えない家が多いとのことである。  近所の小さい子も学校に遊びに来ておりこの子にもノートをあげる。



⑤サムロン小学校;10:40到着
(生徒数384名)
 立派な門構え、机、椅子も比較的新しい。 どの学校にも若い女の先生がいたが、ほとんどが黒いタイトスカートに黒っぽい上着を着て、クメール織と思われるスカーフを巻いてお洒落なのが印象的だった。

11:00本日予定の5校を回り終わる。



続いてチアさんがアンコール・トム遺跡の西側に建設中のバイヨン中学校を視察する。

この中学校建設のきっかけは、アンコール・クラウ村の小学校の生徒たちの中学校進学率が大変低いことにチア・ノルさんが着目したこと。その理由が、この地域を対象とした中学校がなく、進学希望者は8km離れたシェムリアップの中学校まで行かなければならないこと。そこでチアさんは、アンコール・トム遺跡の西側に所有するご自分の土地3ヘクタールを国の教育省に寄付、ここに新しい中学校を建設することになったもの。すでに第1期工事を終っており、全部で16教室のうち8教室が完成している。
 建物の設計は一級建築士の小出さんで、朝から見てきた小学校とは打って変った立派な建物。天井も高く、自然の空調を施し涼しい。われわれが、到着したのは11:20頃だったが、3教室ほどで授業中。生徒たちは、目を輝かせて熱心に勉強に取り組んでいた。校舎の一画で、われわれは、この中学校にかけるチアさんの夢のある構想にしばし耳を傾ける。ゆくゆくは、英語とパソコンの授業を取り入れていく方針とのこと。まさにカンボジアの若者の識字率向上に資するプロジェクトである。 われわれの小学校向け文具等の支援は今回で一巡したことでもあり、今後はこの中学校に対して何か支援ができないかニーズを聞く。第2期以降完成する教室用に机・いす・黒板などを支援する方向で見積書を提出してもらうことにする。 正午、授業は終了。生徒たちは、自転車や徒歩で三々五々帰宅する。先生はバイク通勤の人もいるが、月給はわずか6千ドルとのことで、ガソリン代は補助しているようだ。

ここで一旦市内に戻り、中心街の「バンテアイ・スレイ」という中華料理店で昼食。カンボジア風の中華料理?だがなかなか美味しい。 午後はいよいよアンコール・ワットの見学に行く。それに先立ってまず、JASA(日本国政府アンコール遺跡救済チーム)プロジェクトオフィスのバイヨン・インフォメーションセンターで遺跡全体についてのガイダンスを受ける。 説明はタウリーさん。日本語がとても上手い。日本語歴はわずか4年ほどというが日本へ来たこともないというのにすばらしい。このタウリーさんが、そのままわれわれをアンコール・ワットへ連れて行ってくれる。彼女は、もちろんアンコール・ワットの公式ガイドだ。チケット売り場で個人々々の写真を撮影し、3日間通用の「アンコール・パス」をゲット。

世界遺産のトップということでさすがに観光客は多い。遺跡は1.4km四方ですごく広くほぼ2時間、たっぷり見学する。寺院の建物も見事だが、総延長数百メートルに及ぶ第一回廊の壁面には、インドの叙事詩「マハーバーラタ」や「ラーマーヤナ物語」の戦争シーンが克明に描かれ、特に圧巻である。最後に、かなりの行列に並んで急角度の階段を上り、寺院の中央部の最も高い中央祠堂(約65m)の真下の回廊まで登る。
折から夕日が美しい。


ホテルへ戻り、シャワーの後、夕食へ。
この日は、ホテル近くの「KOULE」というレストランへ行く。名物のアプサラダンスを鑑賞しながら、ビュッフェ方式の食事を楽しむ。1000名は入ると思われる大きなレストランスペース。でも、いつでも混んでいるとのこと。 帰りはぶらぶらと歩いて、「ナイトマーケット」を見物。Tシャツ・帽子・スカーフなどの衣料はもとより、マッサージ屋さん、生きている魚が足を掃除してくれるという足湯などあらゆるものが揃っていて大変にぎやか。保坂さんがお嬢さんに頼まれたというきれいな石鹸を買う。売り子の男性が女性のような言葉使いだが日本語が上手、値引き交渉も “間を取っていくら” でうまく行った。




 1月17日(木)

この日も8:00にロビー集合。すぐ文具配布に出発。35分後バイヨン中学校を過ぎると砂利道になる。車は砂埃を巻き上げ、通った後の視界は真っ白。
チアさんから地雷の話を聞く。地雷は北西方向タイ国境に多かった。踏んでも直接死にはつながらないが、目的は、相手にけがをさせ、兵力を弱めることにあったそうだ。地中だけでなく、胸の高さに仕掛けるものもあったとか。また、大雨で浅く埋まっている地雷が田んぼに流れ込むなどして農民が踏んでしまう悲劇も。
そうこうするうちに、車はかなり“奥地”に来ていてほどなく本日の最初の学校に着く。

以下訪問順に記載する。
⑥ピーク スナン小学校;8:50到着
(生徒数683名)
 かなり生徒数が多く、校舎も比較的大きい。到着の合図としてトラックのホイールの お古をつりさげたものを当番の子が鉄の棒で叩く。あちこちの教室から子供たちが飛び出してくる。昨日ですっかり慣れたので、皆で梱包を解き、スムーズにノートなどを配布する。帰り際にこの村の村長さんが見送りに来た。

⑦サンダン小学校;9:20到着
(生徒数576名)
この学校も大きい。韓国の支援が多いが、建築途中の校舎が資金不足のためか放置され、床・屋根がない。このあたりはシェムリアップから25kmほど奥に入っており、子供たちのしたいことは街へ行ってみること、ハンバーガーを食べてみることと言う。


⑧スペアン トゥメイ小学校;9:50着
(生徒数170名)
ここはこじんまりした学校。このあたりでは、高学年になると家の仕事を手伝うために学校をやめてしまう子が多いという。この時期は山での芋掘りが主とのこと。食べ物が乏しいので体格も小さく二人掛けの机に3人掛けで座っている子も。



⑨トロペアンスヴァイ小学校;10:20到着
(生徒数268名)
 女の子が多い、男の子は働きに出ているらしい。ここでも6年生という子が皆小さい。髪の色もが茶色がかっているが、栄養不足のためという。中学へ進学したいというのがみんなの願望と。




⑩タープロック小学校;10:40到着
(生徒数273名)
 家が遠い先生は、交通費もかかるし、この田舎まではなかなか来てくれいないと。中には石油コンロを持ち込んで教室で自炊する先生もいるとか。ここに最後の書棚を納める。書棚は、金属制の枠とガラスで出来ているが、あのデコボコ道でガラスが割れないようによくぞ運んでくれていることとトラックの運転手さん達に感謝。


かくして、11:00頃、10校への文具等配布がすべて終了、みんなホッとする。

帰路、4年前に「アンコールの森再生プロジェクト」で、当クラブとレインボーRCで植林を行った場所を視察する。あたりは通称「お寺通り」と言われる道路で、一部道路拡張で木が抜かれたという情報もあったが、それは一部で、われわれが植えた木は大半が、この道路沿いに3mくらいの大きさに育っているのが確認できた。 あたりの風景は4年前にわれわれ30名ほどでここへ来た時とは様変わりで、新しく立派な「アンコールクラウ寺院」が建ち、当時設置した当クラブとレインボークラブの植樹記念碑も無事確認した。

 この後、やはりチアさんが所有する「モイモイ農園」へ向かう。5万坪という広さで、あたりは小川がゆったりと流れ、回りの木立ちもさわやかないでたちでわれわれを迎える。心が癒されるすばらしい景観だ。小出さんがお弁当とビールを持って先に到着している。小川に張り出した「水上小屋」が昼食の場所。お弁当は、Cafe Moi Moiの特製で木の皮で作った弁当箱に日本食中心のお料理が並ぶ。面白いのは竹筒に詰めた粽風のごはん。すごく美味しい。


「水上小屋」は風が吹き抜けなんとも心地よい。チアさんがハンモックをセットしてくれて、代りばんこに揺られてみる。そのうちにテラスの上で皆仰向けになって昼寝となる。あちこちから寝息が聞こえてくる。至福の数10分を過ごした。チアさんの話では、マンゴーの木をたくさん植えており、5月には格別美味しい実がなるので皆さんまた来て下さいと。ドリアンの木もあるらしい。帰り道、アンコールクラウ村コミュニティーセンター、やまなみスクールを視察。ここではいわゆる英語など課外授業が行われている。

この後、再び遺跡見学へ。今度はアンコール・ワットの北側に位置するアンコール・トム遺跡。クメール時代の都城で、アンコール・ワットよりさらに大きく、一辺3kmという広大な土地の真ん中に巨大な「バイヨン寺院」が建っている。49塔の祠堂が立ち並び見たとたんに圧倒される。中央塔は高さ43m。各塔の壁面にそれぞれ巨大な観音菩薩像が刻まれていてなんともすばらしい。チアさんの所属するJASA(先出)が長年にわたり、ここの南経蔵の修復を行っており、われわれはチアさんの先導で寺院修復関係者しか通れない特別のルートで入場する。カメラスポットが多く、シャッター音が沢山。途中で1ドル払ってお線香をあげる。 今日は少し早めに切り上げ4時頃ホテルに帰る。 この日の夕食は皆の希望も入れてイタリア料理になる。ホテルの裏の方にチアさん、小出さんお勧めの店がある。店の名前はなぜか「Mamma Shop」。懇意のイタリア人シェフの本格的イタリアンで、エスニック料理に少々飽きが来ていたわれわれも思わず舌鼓みを打つ。





 1月18日(金)

8:30ホテル出発。再びタウリーさんの案内でバンテアイスレイ寺院、タ・プローム寺院を見学する。 「バンテアイスレイ」は、シェムリアップから北へ約4kmに位置するこじんまりした寺院で「女の砦」という意味だそうだ。紅色を帯びた砂岩に精緻な彫刻が多数施され、中でも「東洋のモナリザ」と呼ばれる彫刻がひときわ素晴らしい。 「タ・プローム」はアンコール・ワットの東北側に位置するやはり小ぶりの寺院。至る所でガジュマルの巨木が寺院の建物に絡みつき、異様な印象を与えている。
昼食はタウリーさんの紹介で市内の中華料理店へ。その後そのレストランの並びの市場を見学後、ホテルへ戻る。 内海会長と金澤国際奉仕委員長は、午後2時から、地元アンコールRCの幹事さんと面談。バナー交換をし、今後のコミュニケーションを約束する。
みんなは市内でMadame Sachikoという「アンコール・クッキー」の店に案内してもらいおみやげを購入。
この日の夕食は、早めの5時頃から、再びCafe Moi Moiで。ゆっくりとカンボジアの味をかみしめる。18:30発でシェムリアップ空港へ。
帰りもハノイでトランジット。この飛行機が整備に時間がかかり、かなり遅れたが翌19日朝8:00われわれの乗ったVN310便は無事成田空港着。今回のカンボジア視察旅行は終止符を打った。



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